阿久悠の死因は?家族の息子の職業 山口百恵との関係

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今年の24時間テレビのドラマは、昭和の大作詞家の阿久悠さんのドラマです。

しかし、なんで今の時代に阿久悠のドラマなんだろう?って思いましたね。

よくよく考えてみたら、24時間テレビって昭和から続く日テレのテレビ番組ですよね。

昭和から平成にかけて続いてるテレビ番組。

阿久悠さんが亡くなったのは2007年。

昭和の大作詞家の阿久悠さんも昭和から平成にかけて活躍した作詞家ということで、24時間テレビと重ね合わせてると、二つの時代と共にあったわけです。

うーん、なんだか感慨深いものがありますね。

平成生まれの方には、あまり理解できないかもしれませんが、昭和の歌謡曲やテレビ番組をリアルタイムで聴いて、見てきた世代にはやっぱりジーンとくるものがあります。

昭和の大作詞家、阿久悠の死因はなに?

阿久悠さんが亡くなったのは2007年8月1日。

死因は尿管癌。

2001年には腎臓癌を患ってますが、摘出手術を受け、それ以降は治療を継続しながら、活動をされていたそうです。

享年70歳。

昭和歌謡曲の終焉。

阿久悠さんは愛煙家だったようです。

癌和患ったのも、タバコが影響してるかもしれません。




阿久悠さんのプロフィール

阿久悠さんは1937年2月7日生まれ、兵庫県の淡路島出身。

明治大学文学部卒業後の1959年に広告代理店の宣弘社へ入社。

コピーライター、CMを手がけつつ、並行して放送作家としても活動されていたそうです。

1966年に会社を退社して放送作家、作詞家の活動を本格化したそうです。

広告代理店て働いていた時のスキルを活かし、時代を見据えた番組つくり、作詞家としての活動で、一躍売れっ子に。

作詞に関しては、アニメ、歌謡曲、演歌、フォーク、CMソング、アイドル歌謡、ジャンルを飛び越えて幅広く活躍。

生涯作詞した曲は5000曲以上とのこ。

阿久悠さんが作詞した曲のシングルトップ10

1位 – 「UFO」ピンク・レディー
2位 – 「サウスポー」ピンク・レディー
3位 – 「北の宿から」都はるみ
4位 – 「ウォンテッド (指名手配)」ピンク・レディー
5位 – 「モンスター」ピンク・レディー
6位 – 「青春時代」森田公一とトップギャラン
7位 – 「渚のシンドバッド」ピンク・レディー
8位 – 「また逢う日まで」尾崎紀世彦
9位 – 「時の過ぎゆくままに」沢田研二
10位 – 「勝手にしやがれ」沢田研二

昭和歌謡の名曲ばかりです。

阿久悠さんの作詞した曲の総売り上げは6834.0万枚で、歴代作詞家では2位です。

昭和の大作詞家の阿久悠さんより売上げてる作詞家がほかにいます。

だれかと言うと秋元康さんです。

なんと、10022.6万枚の総売り上げで歴代1位です。

秋元康さんも放送作家から作詞家に転身したました。

現在はプロデュース業など幅広い活動もされてます。

ひょっとして阿久悠さんの影響を強く受けてるかもしれませんよね。




伝説の歌手、山口百恵との関係

昭和の歌謡曲の多くの作詞を手がけた阿久悠さんですが、山口百恵さんとの仕事は一切してません。

昭和を代表するアイドルや演歌歌手など網羅していた阿久悠さんが、山口百恵さんだけは手がけてないっていうのは興味深いですね。

山口百恵さんは伝説のオーディション番組の「スター誕生」の出身です。

阿久悠さんは「スター誕生」には番組企画と審査員としてかかわってました。

つまり、阿久悠さんは「スター誕生」というモンスター番組の生みの親でもあります。

そのオーディションに山口百恵さんが出場した時に、阿久悠さんは歌手志望の山口百恵さんに対して、「歌は諦めたほうがいい」と評価を下ししたそうです。

しかし、山口百恵さんは阿久悠さんの評価をもろともせず、昭和を代表する伝説の歌姫へと変貌していきます。

阿久悠さんは、その後語ってます。

「デビュー後、時代の色に見事に染まってみせた山口百恵の才能が恐ろしかった。凛とした姿に声もかけられず、ただの傍観者になることにした」

阿久悠さんは、山口百恵さんに下した評価がハズレてしまったことで、その後、山口百恵さんに顔向けできなくなったのでしょうね。

しかし、山口百恵さんに関しては色々と伝説が残ってますが、山口百恵さんは三浦友和さんとの結婚をきっかけに、歌手として一番のピーク時に、あっさりと芸能界を去っていきました。

それ以来、一切芸能界には戻って来てません。

山口百恵さんは、阿久悠さんもビビるほどの大物だったようです。




家族、息子の職業

阿久悠さんは1964年に、同じ広告代理店で働いていた女性と結婚。

息子さんが一人います。

その息子さんはミュージシャン・作曲家として活動している深田太郎さんという人です。

椎名へきるさん、本田美奈子さんへ楽曲を提供していたそうですよ。

しかし、ヒット曲には恵まれず、ミュージシャンとしても、あまり知られてません。

息子さんの肩書に「株式会社阿久悠取締役」となってました。

父の阿久悠さんの、著作権の管理などしてるのでしょうか?

きっと今でも阿久悠さんが作詞した曲からの、莫大な収入があるでしょうね。