藤村俊二 若い頃の伝説 ベンツが愛車、かなりヤバイ

シェアする

藤村俊二の若い頃の伝説って?

1月25日にお亡くなりなった、藤村俊二さん(82)。

漂漂としたキャラクターで、脇役俳優としての存在感のあるかたでした。

芸能人、特に俳優さんは若い頃の伝説や、武勇伝をよく耳にしますが、藤村俊二さんはどうでしょう?

藤村俊二さんのこと、いろいろと調べていたのですけど、それほど伝説と言われるような、出来事がないのですね(笑)

このあたりは、いかにも藤村俊二さんらしいキャラクターと重なるのですけど、エピソードのようなものはあります。

元々は演出家を目指して、早稲田大学の演劇学科に入学したが中退。

その後、東宝芸能学校舞踊科に入り直し、日劇ダンシングチーム12期生として1960年に渡欧。

海外のレベルの高さに舞踏家の道を断念。

その後は振付師になり、俳優の道へ。

なんだか、この節操のなさも、藤村俊二さんらしいですね、

結婚した相手の女性はに元日劇ダンサーの女性。

一男一女の子供をもうけた。

その後、95年に離婚。

96年に元タレントの長尾みか代さん(54)と結婚されたそうです。

それと、おもしろいエピソードがありました。

ドリフターズのコントで有名な「ひげダンス」の振付をしたのは藤村俊二さんだそうです。




ニックネームの「おひょい」の由来は?

藤村俊二さんは親しい人達の間では「おひょいさん」と呼ばれていたそうです。

その由来は、藤村俊二さんは元々は振付師志望。

しかし、時々エキストラの仕事を頼まれていたそうです。

しかし、シャイな藤村俊二さんは、画面に映るのが嫌で、その場から「ひょい」と逃げて画面に映らないようにしたそうです。

「ひょい」と、いなくなることから「おひょい」というニックネームが付いたそうです。

タレント、俳優として有名な藤村俊二さんですが、とてもシャイな方なんですね(笑)

藤村俊二さん、バーを経営?

藤村俊二さんはプライベートで南青山でバーを経営されていたそうです。

芸能人の実業の場合、だいたいは名前を貸すことがほとんどですが、藤村俊二さんは実際にバーを経営されていて、時間があれば、ご自分でも店に立っていたそうです。

なんか、こういうところも藤村俊二さんらしいというか。

ちなみにバーの名前は「O’hyoi’s」というそうです(笑)




藤村俊二さんのメルセデス・ベンツ280SLは年代物?

藤村俊二さんは知る人ぞ知る、メルセデスベンツの愛好家です。

愛車は1968年型のメルセデス・ベンツ280SL。

なんでも40年以上も乗り続けるほどお気に入りの車だったそうです。

ベンツは今でもいい車を製造してますが、それでもなお1968年型のベンツをノリ続けるっていうのは、よっぽど当時のベンツの作りが素晴らしいのでしょうか。

私はあまり執着がないので、40年も同じ車に乗り続ける藤村俊二さんの感覚は理解できないところがあるのですけど、メルセデス・ベンツ280SLは現在でも、中古で、かなり高額で取引されるそうですから、よほどの名車みたいです。

昭和の古き良き時代を知る、芸能人の藤村俊二さん。

「モダン」という言葉が良く似合う俳優さんでしたね。

ご冥福をお祈りします。