神山繁 死去 死因は?再婚して京都に?いかりや長介と踊る大捜査

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名脇役の神山繁さん、死去、死因は?

最近では「踊る大走査線」シリーズ、古くは「ザ・ガードマン」で知られた、神山繁さんがお亡くなりになられました。

87歳でした。

2016年の1月に肺炎を患ってから自宅療養していたのですが、2017年の1月3日、復帰を目指して療養してたにも関わらず、亡くなりました。

「神山繁」という名前を聞いて、「誰、それ?」って思ったのですが、写真見て「あー、あの人かぁ」、そう思いました。

脇役の俳優さん、って、そういう感じですね。

脇役だからこそ「あー、あの人」ってなるのですけど、なんだかそれって脇役としてみると、いい仕事してる証拠のように思えます。

名前もよく知られてしまうと、ある意味脇役ではないような・・・って思ってしまうのは私だけでしょうか。

まぁ、映画やドラマの中で脇役に徹していれば、どうでもいいことなのかもしれませんね。

年が明けて、寒くなってくると、不思議と亡くなる人も多く、また今年も、この時期がやってきたなぁって思ってみたり。

神山繁さんって、考えてみたら、私が物心ついてテレビを見るようになった小さな頃から、役者で、映画やドラマに出続けてきた人なので、そういう人が、この世からいなくなってしまうことって、どこか淋しく感じます。

いま、WIKIをみながら、神山繁さんの過去の出演作品を見ていたのですが、脇役ということもあるのか、かなりの作品に出演されてます。

元々は進駐軍の通訳をされていたそうですが、1952年に文学座に研究生として入座。

そこから俳優の道を歩み続けた神山繁さん。

日本映画界、日本のテレビドラマに出演し続けた、生きる伝説のような人だったみたいですね。




再婚して京都に?

神山繁さんの名前で検索すると、「神山繁 再婚 京都」というキーワードが出てきました。

なんで、そんなキ―ワードが出て来たかというと、1987年に愛妻だった女優の文野朋子さんと死別します。

妻亡きあと、神山繁さんは京都に移住。

しばらく、俳優の仕事から遠ざかっていました。

仕事を離れて京都に移り住んでいたのも、ひょっとして再婚したの?と疑問に思った人が検索されたようですね。

しかし、再婚したという話は聞かないので、奥さんが亡くなったあと、神山繁さんなりに喪に服していたのかもしれません。




踊る大走査線で、いかりや長介さんと共演

神山繁さんと言えば、「踊る大走査線」の警視庁副総監・吉田敏明役が有名ですよね。

「踊る大走査線」では、いかりや長介さんと共演してます。

お二人は、とても仲がよかったそうです。

いかりや長介さんが亡くなったあと、神山繁さんは、いかりや長介さんとの関係を語ってました。

「彼はドリフターズであり、私は新劇の舞台出-出自が違い過ぎていたのが、かえって面白かったのか、妙に馬が合って、二人が勝手なことを喋りあって友情は生まれました。飲食を共にし、京都の家迄訪ねてきてくれた」

互いに認めあっていたのですね。

いかりや長介さんは、既に天国に召されてます。

神山繁さんも、少し遅れながら、愛妻や、いかりや長介さんのもとへ召されたましたが、87歳まで俳優業を全うされたのは、ほんとにスゴイことですよね。

ご冥福をお祈りします。